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2025/12/15

「行きたかった」を「行ける」に。
30年の看護師経験を活かし、医療・看護・ケアのプロが
「安心・安全」と「想い」を両立した旅をお届け。
「帰りたい」
そんな想いを持つことは当たり前。
先日、その当たり前の想いを胸に
医療搬送に同行しました。
それは、
ただの移動ではなく、
「帰りたい」を「帰れる」にするための
一日でした。
その方は、
80代の男性で癌末期でした。
お住まいは三重県。
隣の愛知県の病院で医療を受けていましたが、
状態は徐々に悪くなっていきました。
体調が悪化する中で、
その方の口から、
「家に帰りたい」という
言葉が出るようになったそうです。
お家族の方も、
「帰らせてあげたい」という気持ちと
「本当に大丈夫だろうか」という
不安の間で、揺れておられました。
そんな中、ドクターの意見は
「看護師同行するのであれば、許可する」
というものでした。
ただし、「車の中で、呼吸は止まる可能性がある」
という説明もありました。
それでも、「帰りたい」というご本人と
奥様の強い想い。
こうして、
医療搬送という選択肢が検討されることに
なりました。
実は、2週間前に帰るチャンスがありました。
しかし、数日前に、体調が一気に悪化してしまい、
やむを得ず、キャンセルとなってしまいました。
それでも、ご本人様と奥様は、
どうしても「帰りたい」という想いは、
揺らぐことがありませんでした。
再び、ドクターから許可が下りたのが
退院4日前。
「このチャンスを逃したら、
二度と帰れない」
その言葉を合図に、
一気に回りの方々が動き出します。
病棟看護師・医療連携室の相談員さん・
帰る先となる施設、
そして主治医。
それぞれの立場が違っても、
その想いは一つでした。
「帰してあげたい」
前日も、病棟看護師と電話での打ち合わせを
かせね、そして医療搬送当日。

ニューヨーク在住の娘さんも
一時帰国されていました。
私は「帰りたい」の想いをすべて背負う
責任の重さを、
あらためて実感していました。
ご本人様は、
酸素をされ、塩酸モルヒネを
持続投与しながら痛みのコントロールを
していました。
痰で詰まる可能性があるため、
適宜吸引は必要な状態。
会話はできず、
意思疎通は、うなずくのみ。
それでも、
「帰りたい」を実現するために、
私は最大限の集中力で臨みます。
振動を最小限に抑え、
慎重に車へ搬送。
運転手さんも想いは同じせした。
「帰してあげたい」
当日は、
高速道路集中工事のため、
大きな渋滞が予測されましたが、
最短コースを選び、
安全運転での移送が開始となりました。

搬送途中は、何度もバイタルチェックをし、
状態の観察。
途中、酸素の状態が悪化。
適宜、吸引をしながらの搬送となりました。

徐々に酸素を上げ、
酸素濃度を保ちます。
三重県に入った時に、
奥様が静かに言われました。
「最期に家を見せてあげたい」
私の答えは一つでした。
「大丈夫ですよ。
家に帰りましょう」
運転手さんに急遽お願いし、
進路を変更。
そして、ご自宅へ到着。
ストレッチャーを一度車から降ろし、
ご本人様にご自宅を眺めていただきました。

家の中に入ることはできませんでしたが、
ご本人様はただ静かに、
うなずいておられました。
その後、
施設へ移動。
施設の看護師さんも
笑顔で迎え入れてくれました。
ご本人様は、言葉を発することはできませんできませんが、
最後に大きくうなずいてくれました。
奥様と娘様が、
「まさか家まで連れて行って
もらえるなんて思わなかった。
看護師さんで本当に良かった。
ありがとう。」
私は、この言葉だけで十分でした。
りあんにとっての医療搬送は、
病気の方を移送するだけでは
ありません。
その人にとって、
最期に何が大切か。

その想いを、
医療と看護の力で実現すること。
それがナースアシストりあんの
医療搬送です。
「帰りたい」を「帰れる」に。
その一歩に寄り添えることを、
私は誇りに思っています。
「帰りたい」という想いがある限り、
その可能性を、
私は諦めたくはありません。